インドネシアでは「パンパース」はブランド名じゃない?—ブランド名がカテゴリー名になる市場の意外な結末

最終更新日 2026年4月16日

先日、弊社スタッフがインドネシアで初めてオムツを買いに行ったときのことです。「パンパース、買ってきて」と頼まれたものの、売り場に行ってみると並んでいるのはMamypoko、Merries、Sweetsといった別のブランドばかり。「パンパース」と名のついた商品は、棚のどこにも見当たらなかったといいます。

現地のインドネシア人に確認すると、「パンパース=オムツのこと」だと言われたそうです。ブランド名がそのままカテゴリー名として定着しているのです。

これはオムツに限った話ではありません。インドネシアでは、いくつかのカテゴリーで同じ現象が起きています。マーケティングの世界ではこれを「Genericization」と呼び、あるブランドがそのカテゴリーを代表する固有名詞として一般化してしまう状態を指します。コーラ=Coca-Cola、宅配便=クロネコ(ヤマト)といった例が日本でも思い当たるでしょう。

インドネシアの場合、このGenericizationが特定のカテゴリーで顕著に起きています。そして面白いのは、その背景を辿ると、インドネシア市場の構造的な特徴が見えてくることです。

 

インドネシアで起きたGenericizationの事例

ミネラルウォーター=アクア(AQUA)

Aqua galon

画像出典:AQUA公式サイト

インドネシアで「水をください」と言う代わりに、「Aqua ください」という言い方が日常的に使われます。レストランでも屋台でも、ウェイターに「Aqua botol(アクアのボトル)」と言えばミネラルウォーターが出てきます。たとえ実際に出てくる水がAQUAではなく別メーカーのものであっても、です。

AQUAはDanoneグループのブランドで、インドネシアのボトルウォーター市場に1970年代から参入しています。市場が形成される前から存在し、「ボトルウォーターといえばAQUA」という認識を消費者の中に刷り込んだ、典型的な先行者利益の事例です。

歯磨き粉=オドール(Odol)

「歯磨き粉」をインドネシア語でodolと言う人が今でも少なくありません。実はこれ、もともとはドイツの歯磨き粉ブランドの名前です。植民地時代のオランダ領東インド時代に持ち込まれ、歯磨き粉そのものを指す言葉として定着したと言われています。現在、インドネシアの歯磨き粉市場ではユニリーバのPepsodentが圧倒的なシェアを持っていますが、カテゴリー名はいまだにOdolです。ブランド自体はとっくに市場の主役ではない(現在歯磨き粉ブランドとしてのOdolは入手不可能)のに、名前だけが残っている——これもまたGenericizationの興味深い側面です。

井戸ポンプ=サンヨー(SANYO)

これはJAPASIANが現地で聞いた話なので断言はできないのですが、インドネシアでは家庭用の井戸ポンプをサンヨーと呼ぶ習慣が残っているようです。SANYOが日本のメーカーとしてインドネシアに進出し、当時の家庭用インフラとして広く普及したことがその背景にあると言われています。SANYOブランド自体はその後Panasonicに吸収されましたが、井戸ポンプという文脈ではいまもSANYOという言葉が使われる場面があるようです。

なぜインドネシアでこの現象が起きやすかったのか

事例を並べると、共通するパターンが見えてきます。いずれも、市場が成熟する前に参入し、テレビCMを中心とした大量の広告投資でカテゴリーそのものを定義したブランドです。

インドネシアはご存知の通り、1万7,000以上の島々からなる国で、地方によっては今でも情報インフラが整っていない地域があります。ましてや数十年前は、消費者が商品情報を得る手段はほぼテレビだけでした。そのテレビで繰り返し流れるブランド名が、そのままカテゴリー名として脳に刷り込まれていった…そういう時代背景があります。

加えて、識字率の問題もあります。インドネシアの識字率は近年大きく改善されていますが、かつては地方を中心に文字よりも音声や映像への依存度が高い消費者層が多かった。テレビCMで連呼されるブランド名が、そのまま商品の呼び名になるのは、ある意味で必然だったとも言えます。

SNS時代の今も、同じことは起きているか

「でも今はSNSの時代だから、同じことは起きないのでは?」という疑問は自然です。正直な意見を述べると、テレビCMの圧倒的な広告量で市場を制圧するというやり方は、もう再現できません。情報の流通経路が多様化し、消費者の選択肢も格段に増えました。

ただ、「カテゴリーを定義するブランドになる」という現象自体は、形を変えて続いています。わかりやすい例がGojekです。Gojekはインドネシア発のスーパーアプリで、そのバイク便サービス「GoSend」は、今やバイク便そのものを指す言葉として使われることがあります。「GoSendで送って」という言い方が、「バイク便で送って」とほぼ同じ意味で使われる…これはデジタル時代のGenericizationと言っていいでしょう。ただしこちらは、広告の力ではなくUX(ユーザー体験)とネットワーク効果によって作られたカテゴリー支配です。

手法は変わりました。でも、カテゴリーを自分のものにするという現象自体はまだ続いているようです。

そして「パンパース」自身はどうなったか


ここが、この話で一番伝えたいことです。

インドネシアでオムツといえばパンパース。冒頭に書いた通り、それが現地の日常語として定着しています。ところが今、インドネシアのベビー用品店やスーパーマーケットの棚に、P&Gのパンパースは並んでいません。

公式な撤退発表は確認できていませんが、インドネシアのPampersInstagramアカウントは数年以上にわたって更新が止まっており、「メーカーに問い合わせたら販売していないと言われた」という消費者の声もSNS上に散見されます。少なくとも現時点では、インドネシア市場でパンパースを手に入れることは難しい状況です。

カテゴリー名になるほど浸透したブランドが、当の市場からは姿を消している。これはなかなかに皮肉な話ですが、同時にインドネシアの消費財市場の本質を突いています。現在オムツ市場で存在感を持つのは、MamypokoやMerries(花王)、地場ブランドのSweetsなどです。P&GはパンパースでAQUAと同様に市場を定義しながらも、その後の競争で地歩を失った。

インドネシアの消費財市場は「先行者が必ずしも勝者になれない」群雄割拠の戦場です。「早く入れば勝てる」ではなく、「入り続けることができるか」が問われる市場だと、現地での実務を通じて感じています。

まとめ

ブランド名がカテゴリー名になるという現象は、マーケティングの教科書では「究極のブランド浸透」として語られます。ただインドネシアの事例を見ると、それが必ずしもビジネスの成功と直結しないことがわかります。パンパースはその象徴です。

インドネシア市場は人口2億7,000万人超の巨大な市場であると同時に、地域差・所得格差・競合の激しさにおいて、単純な成功法則が通用しない複雑な環境です。「インドネシアは伸びている市場だから」という理由だけで参入を検討しているとしたら、もう少し解像度を上げて考える必要があるかもしれません。

こうした市場で足元を固めるために欠かせないのが、消費者の実態把握です。「インドネシアで需要があるか」「どの層に刺さるか」…この問いに答えられないまま参入の意思決定をするのは、やはりリスクが高いでしょう。JAPASIANでは消費者向けのリサーチサービスを提供しており、なかでも定性調査でご評価いただいています。進出前の需要調査や消費者理解をお考えの際は、お気軽にご相談ください。

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